やっぱり病気なのな。衝動がくるとどうしようもなくなる。居てもたってもいられなくなる。衝動は特に深夜にやってくる
ことが多いのだけれど、衝動は突然やってきてそのとき何をしているかなんかに関係なく、すべて放り出してしまいたくなる。衝動がくると事が終わるまで
止められない。前はそれほどそういう症状が出ることはほとんど無かったのだけれど、最近はひどいと思う。大学編入というある種のストレスがかかっている状況も
いけないのだと思われる。
しかし、何も心配することはないのだ。インスピレーションをコードにしたいっていう衝動だから。
私は病気
5月 24th, 2003 · unclassified
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交通安全からKnowledgeMatrix構想へ
5月 22nd, 2003 · unclassified
身の回りに特定の言葉が溢れていて、感覚が麻痺してしまうということがよくある。
私は車で学校に通っているが(まあ本当のところ、これを読んでいる人にわざわざことわる必要はないんだがね)、通学途中の道沿いにいくつも「交通安全」
という言葉が見受けられる。自動車学校でも幾度と無く頭に刷り込まれた。
今朝この言葉を考えてみたら、ちょっとおかしいのだ。なんで「安全交通」じゃないわけ? 「安全運転」とは言うけど「安全交通」とは言わないの?
と、こういうくだらない事を考えている人の頭を全部ネットワークに接続して、そういうくだらない事を考えないでもっと環境破壊を防ぐにはどうしたらいいか、
みたいな問題を解決していくためのリソースを提供しあうのはどうだろう。SETI@HOME
みたいな。いくらくだらない事ばっか考えているとはいっても、世界中から寄せ集めれば何とかなりそうだし。私がそのネットワークの名前を付けよう。
KnowledgeMatrix、これだ。かっこいい。
ああ、いいよいいよ。KnowledgeMatrix構想だってくだらないことだよ。あーそうさ。
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終末ウォッチング
5月 21st, 2003 · unclassified
どうやら「ノストラダムス」ネタがだいたい出尽くして飯の種に困ったのか、次のトレンドは
「フォトン・ベルト」らしい。
マヤ暦もいろんなところから引っ張りだこだな。
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月に代わってお仕置きよ!
5月 17th, 2003 · unclassified
「月に代わって」ってことは月が本来お仕置きするところを、セーラームーンがそれを代行している、
そう考えるのが妥当だと思われるが、つーか月ってお仕置きすんのかよ。「我々は神の意志に従ってテロ行為をしている。」そう言っている連中と何も変わらないな。
何かの行動を起こす理由付けとして何らかの崇拝対象となるようなモノを用意して、それを皆で担ぎ上げることで集団に結束をもたらし、ある種の催眠効果によって
その行動を集団の中で正当化する。同じじゃないか。
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TheAlgorithmOfTurningLightsOfMyCarOn
5月 15th, 2003 · unclassified
最近日が長くなった。冬の頃だと学校が終わって車に乗って発進すると同時に
車のヘッドライト点けてたけども、最近は学校が終わる時間はまだまだ明るい。で、車を走らせるうちにどんどん暗くなってゆくのでヘッドライトを点ける
わけなんだけども、なんつーか、「暗くなったから点ける」では何か合点いかないんだよね。別にそんなこと合点いこうがいかまいが、どっちでもいいんだが。
そこでだ、俺がいつのタイミングでライトを点けるのか判断するアルゴリズムを聞いてくれ。アルゴリズムと言っても大したもんじゃないけど、
最初の何もライトを点けないフェーズ0から、スモールライトを点けるフェーズ1に移行する条件は、「対向車が3台連続してスモールライトかヘッドライトを
点けている場合」。次にヘッドライトを点けるフェーズ2に移行する条件は、「対向車が3台連続してヘッドライトを点けている場合」。
もうちょっと早めの点灯を心がけている人は、「対向車が2台連続して○○ライトを点けた場合」の条件を2回満たしたら点ける、それもいいかもしれない。
と、車を運転しながらよりよいアルゴリズムはないか、考えを廻らせているわけである。間違っても世界平和になんか貢献できないし、全然役に立たないけど、
どうせ帰路に就く時なんて何も考えてないんだから、暇つぶしにはなる。
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パナウェーブ騒動
5月 13th, 2003 · unclassified
俺が言っていたとおり、
やっぱり「たまちゃん」がキーワードじゃねえか。実はこの日記には、そろそろ飯の種に困ってきたノストラダムス研究家のために、様々な示唆に富んだ
内容が散りばめられているのだ!
大嘘です。
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TrustworthyThing
5月 11th, 2003 · unclassified
人は信頼できるもの、できないものを判断する評価尺度をそれぞれ持っていて、世間にある様々な
胡散臭いものを身の回りから排除することをしている。
金だけしか信用できない、金より信頼できるものはない、そういったことを言う人が世の中にはいるが、これは大きな間違いである。そんなに金が信頼できると
思うなら、あなたの財布の中に入っている紙幣を見てみるといい。日本円の紙幣には日本銀行券という文字が入っていることを確認できるはずである。
お金は要するにただの券であり、株式会社が発行する株券と変わらない。その会社が潰れてしまえば株券はただの紙くずになるのと同じように、
日本銀行が潰れてしまえば紙幣もただの紙くずになるのである。
また、お金が持つ価値を考えてみると、たとえば一万円紙幣を使おうとするとき、相手も自分と同じように日本銀行を信頼し、その一万円紙幣を相手が自分と
同じように一万円の価値を持って迎え入れてもらえるときに初めて発生する。つまりどんなにお金が信頼できるものであったとしても、日本銀行への信頼に
勝るものにはなり得ないのだ。
ネズミの嫁入りみたいな流れで、じゃあ何がこの世で一番信頼できるかを考えてみる。人が世の中の事象に対して、それぞれがもつ主観というフィルタを
通してしか観察できない以上、[ 観察者から見た対象物の信頼性 = 観察者の持つalgorithmの信頼性 * 対象物の絶対的信頼性 ]が成り立つ(はず)。
ということは、仮に対象物の絶対的信頼性が100%であったとしても、観察者から見た対象物は、観察者自身が持っている信頼できるものできないものを
判断する判断基準、そのalgorithmの信頼性を超える信頼性には到達し得ない。
ちなみに今日のこの日記の信頼性はそれほど高くない。書いていても、読んでいてもどうでもよくなってきたので終了。
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